『ガリバー旅行記』から学ぶ旅人の流儀

旅は自由だし、どんな旅があってもいい。でも旅していろんなことに気づく人もいれば、全く気づかない人もいる。気づく旅人の共通点を洗い出す研究をしていると、いい旅の技法があるなという気がしてる。

人間には、グラフィックメモリーといって、関心のあるもしか見ていない(気づいていない)ということがわかっている。例えば、自分の妻が妊娠して初めて毎日通っていた駅までの通勤途中に産婦人科の病院が3件あったことに気付くようなことは、人間にはしばしば起こる。つまり、見ているようで実は見えていないことが多々ある。

『ガリバー旅行記』を読んだことがあるだろうか。多くの人が知る絵本だと、小人の国で活躍するガリバーの痛快話だが、小説をぜひ読んでみてほしい。小説では、ガリバーが小人の国で巨人としてふるまうリリパット国での物語だけでなく、その先にも話は続き、今度は逆に巨人の国で自分が小人としてふるまうブロブディンナグ国の物語、そして、天空に浮かぶ島国ラピュタの物語と続く。

小説の中で、巨人の国ブロブディンナグ国から英国に戻ったガリバーは「道すがら、目にする家も樹木も家畜も人間もあまりに小さいので、いつの間にか自分がリリパット国(小人の国)にいるような気分になった」と述べている。英国にいる時にはまったく大きい・小さいも考えたことがなかったのに、巨人の国の視点を得ると「小さい」ことに気づくのだ。『ガリバー旅行記』とは、旅人の「視点」を話をしていることにお気づきだろうか。

(アメリカ・モニュメントバレー)



僕にも同じような経験がある。初めてアメリカの2ヶ月の長旅から帰国して、成田空港からバスに乗ったときに、日本の車が小さく、道路幅が狭く感じたのだ。アメリカの物差しで日本を見て、はじめて日本を「小さい」と認識したのだ。『ガリバー旅行記』が面白いのは、私たちが世界を見る目もまた同じだということを気づかせてくれることだ。鳥の目、人の目、虫の目、視点が違えば、同じものでも違うものが見えるのだ。上から見て、下から見て、たまには裏から見て、様々な視点から物事を見ることの大切さを説いているように思う。





(デンマーク・ヘルシンゲルの町)

僕は『ガリバー旅行記』を読んでから、旅先ではまず鳥の目になったつもりでできるだけ高台から町を俯瞰するようにし、地図で全体像を把握するようにしている。その後に、虫の目になったつもりで地を這うようにできるだけ自分の足で歩いて距離感や時間間隔をつかむようにしている。さらに、寄り道や遠回りをして、裏から見てみたりする。すると、本当に面白いくらいいろんなことに気づくのだ。同じ道でも歩く方向で景色が違って見えることは誰にでも経験があることだと思うが、視点の違いによる気づきこそ、旅を面白くする方法だと思う。

(以上)

鮫島卓研究室 SAMETAKU-LAB

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