【講演記録】旅の力~世界と自分をつなげるツーリズムの魅力~

(2019年10月の講演記録です)
皆さん、こんにちは。鮫島です。きょうは時間をいただき、「旅の力~世界と自分をつなげるツーリズムの魅力」についてお話ししたいと思います。


 私は大学教員になる前にたくさんの国を旅してきた人間で、今まで70か国以上を訪れてきました。学生のときは既に30カ国ぐらい旅をしていて、旅を通じて学んできたことも多かったので、ツーリズムに関心をもちました。今回は、皆さんと一緒に旅の力を考えながら進めていきたいと思います。


私たちは世界を知らずに生きている

 さっそくですが、まず質問からです。いま皆さんが来ている服、手持ちのバッグはどこの国でつくられているか分かりますか。どこかにメイド・イン何とかと書いてあると思いますが、恐らく、多くの人がそんなことを気にせずに毎日生活をしているはずです。

 実際、服は日本でほとんどつくられていません。その多くは、日本以外の国で素材がつくられ、世界中の誰かがそれを縫製したりしながら、ようやく皆さんのところに届くわけです。


 皆さんはその服やバッグをどのようにして買いましたか。インターネットのおかげでクリック一つでものが簡単に手に入る時代です。非常に便利な時代、社会になったのですが、自分が使っているものは誰がつくったのか、どこでつくられたのかさえ知らずに、普段の生活を送っているのが実情です。つまり、自分たちは自分のこと、世界のことをほとんど知らずに毎日を生きていることが、この疑問からも分かります。


 もう一つ、スマホを持っている人は検索をしてほしいのですが、まず一つは漢字で「福島」と入れ、Googleで検索してみてください。そして画像検索をしてみてほしいです。それと、今度は英語で「FUKUSHIMA」と入れ、検索をしてみてください。その検索の結果に違いがあります。どんな違いがあったか、分かりますか。


 日本語で検索をすると、地図やいろいろな観光情報が出てききます。ところが、英語で「FUKUSHIMA」とやると、もうほとんど画面いっぱいに、福島第一原発のことしか出てきません。インターネットを通じて私たちが見ている世界は、このように同じ意味のキーワードでも検索する言語で違うものが見えてきます。


 英語を使っている人たちが「FUKUSHIMA」で見ているものは、インターネットで検索している結果そのものです。しかし、福島には第一原発しかないのかと言われたら、それは違いますよね。ところが、残念ながら英語で検索すると、そのような結果になってしまいます。インターネットの検索の仕組みは、分かりやすく言うと、人びとが見たいものの優先順番で結果が出てくる。ですから、そこで現れている情報は決して真実ではない、その一部でしかありません。あくまで、見たいものがそこに見えてくる。


 自分が使っている服も、インターネットで見えてくる世界も、実は私たちが本当のことを知らないことの象徴でもあると思います。人間はどうしても物事を定義してから見ようとする習性があるようです。ところが、旅は少し違います。自分が見てから定義する。そういったものの見方の違いがあるようです。


 今、ラグビーのワールドカップで日本にたくさんの外国人が来ています。その人たちが福島を訪れたなら、きっとインターネット上で見えている画像とは違うものを見ているはずです。旅をすることで、それまで見えなかったことが見えるようになったり、気づかなかったことに気づいたりすることがあります。旅は、私たちの世界を「観る目」を養っていると言えるでしょう。


過去前例のない大移動・大交流時代

 次は、この数字、24.9、これは何だと思いますか。これは私の授業を受けている学生を対象にアンケートを取った調査結果ですが、この夏休みに海外に行った人の割合です。24.9%の学生が、この夏休みに海外に行ったという調査結果です。この数は、私は期待以上に多かったと思いました。なぜならば、日本人の平均の海外出国者率は13%強ですから、全人口の100人いたら13人しか海外に行っていない。


 ところが、国際比較をすると、決して高くない。例えば、同じ島国の先進国であるイギリスは何と100%です。これは延べ人数ですから、同じ人が2回行ったら2人とカウントするわけですが、同じ島国でもイギリスは100%。それから、お隣の韓国は人口は日本の約半分ぐらいですが、実に人口の40%の人が海外に行っています。日本にもたくさんの人が韓国から来ています。その意味で言うと、日本人の国際観光、つまり海外に行く割合は、決して多くはありません。特に観光を学ぶ学生は、その認識をもっていただきたいと思います。

 

 14億人という数字。これは世界の国際観光者数、つまり国境を越えて世界を旅する人たちの数です。世界の人口はいま80億人ぐらいなので、5人に1人の人たちが世界で旅をしていて、世界は大交流時代を迎えています。

 

 人類が過去経験していない地球規模での人の動きがあるということです。だからこそ、観光を考えることは社会を考えることにもつながるのです。今まで私たちが外国人に出会うのは、自分が海外に行って外国人に出会っていました。ところが、今は外国人が日本にたくさんやってきてくれます。その意味では、日本国内で外国人と接する機会は当然、増えてくる時代になっています。今後、皆さん自身の外国人と接する機会は大きく変わっています。2030年には国連の予測では、国際観光者数は18億人になると言われています。ツ-リズムが特定の人々の出来事ではなく、多くの人にとって当たり前に変わっていくことになるでしょう。外国人との交流は、特定のエリートが関わることでなく、市民が民間外交官になる市井のグローバル人材が求められる時代になるでしょう。


一方で、大移動・大交流時代は決して良いことばかりではありません。様々なリスクがあります。近年、過剰に観光客が地域に流入することで、観光客の不満足や地域住民の質の低下を招き、いわゆる「観光公害」を引き起こす「オーバーツーリズム」の問題が顕在化しつつあります。航空機が大量に排出するCO2は、地球温暖化にも影響し、最近では航空機を使うことが恥であるという「乗り恥」という言葉も生まれています。また、動植物の外来種・人類を脅かすウィルスなど病原菌の世界的伝播は、これまで以上に警戒しなければならないリスクです。このようにツーリズムは、負の側面があるため、単に観光客が増えればよいというのは短絡的な見方であることがわかります。常に観光とは人間社会にとって「両刃の剣」であることを理解すべきでしょう。

感動の意味

  これから、もう少し旅の魅力を話していきたいのですが、皆さんが思い浮かべる旅行や旅のイメージは、恐らく楽しいこと、喜び、娯楽、リフレッシュなどそういったものだと思います。ところが、実は旅が人間に多様な影響を与えるものだということが研究でも明らかになっています。今日はそのいくつかを紹介しながら、皆さんの旅の見方を変えるきっかけになればいいなと思います。


 上の写真はどこか分かりますか。アメリカのある世界遺産です。アメリカのグランドキャニオンという国立公園で、大渓谷です。ここに以前、仕事で視覚障害者の方、目の見えない方をご案内したことがあります。グランドキャニオンを観光した後にこの方が口にした言葉を、今でも忘れることができません。


 その方は展望台の前に立ち、涙を流していました。どうしたのだろうと思い、その後、旅の感想を尋ねたところ、こう言いました。「グランドキャニオン、感動しました!。下からフワッと風が吹き上がってきて、それにすごく感動した。」と言いました。


 私たちが普段、目にしているものは、視覚的な情報がとても多いです。見た目で判断することは多いと思います。ところが、視覚障害者の方は全く見えません。真っ暗なわけです。何で感動しているかというと、視覚以外のもの、つまり嗅覚、聴覚や触覚、音だったり香りだったり風の感触だったり、そういったものを意識化して、感動しているわけです。つまり、人間が何か物事を見て意識化しているのは、視覚だけではありません。感動とは、五感でするものだということが様々な研究で分かってきています。中でも嗅覚と味覚が他の感覚よりも記憶に残りやすいことがわかってきています。旅先の写真を見て、旅の思い出が蘇り、幸せな気分になるのは記憶が残っているからであり、旅が終わっても生きている限り、思い出を振り返ることで人々を幸せにすることができるのも旅の役割であると思います。その意味では、テレビやSNSで映像や画像を観ただけでは記憶に残ることはなく、五感で意識化している体験こそが旅の醍醐味と言えるでしょう。


旅と自己効力感

 人間が非日常の空間に行くことで得られるものは、まだまだ分からないことだらけです。私はいろいろなところに旅をするのですが、旅のもう一つの魅力は、全く違うものに出会う未知との遭遇と発見です。


 この写真は、ロシア・モスクワの空港から市内へ向かう鉄道の切符の販売機ときっぷです。ロシア語が分からないと、全くどうさなたらいいかわかりません。旅慣れた私でも毎回いろんな不慣れからくるトラブルに遭遇します。モスクワ地下鉄の切符販売機での本来お札を入れるところにクレジットカードを入れてしまい、切符が買えなくなるのはもちろんクレジットカードが抜き出せなくなる事件もあったくらいです。その時はたまたみ英語を話せる高校生が助けてくれて事なきを得ましたが。。。

 皆さん、普段は当たり前にバス、電車や地下鉄に乗っていますよね。ところが、そうやって日常行っていることが海外に行くと、言葉が分からないところに行くと、文化の違うところに行くと、本当にひとつひとつの行為に慣れるのが大変です。

 次の写真はフランスのパリです。これは、地下鉄の切符販売機です。ボタンがありません。実は下にローラーがあって、それをカーソルのように画面を見ながら動かして操作するのです。チケットを買うだけでも、やり方をしらないとひと苦労です。

 もしあなたがアメリカの路線バス車内にいたとして次のバス停で停まってほしい欲しい時、どうしますか。日本ではボタンを押しますよね。アメリカの場合はボタンがないわけです。どうするかというと、実は窓にひもがかかっています。あれを引くとビーッと音が鳴り、次停まれという合図です。

 このように、旅行すると日常的なもの、何でもないことが本当に大変です。どこに行くのか、何を食べるのか、一つ一つの選択を自分の意思でやっていくことに、達成感が生まれるのです。小さな苦労を乗り越える成功体験の積み重ねで「なんとかできる」という自信につながっていくのでしょう。自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できる、自分の可能性を認知していることを心理学の分野で「自己効力感」と言います。旅は自己効力感を高めてくれるのです。その意味では、旅の経験は、挑戦する行動力を育むとも言えます。

 それを証明するような現象として、近年、ひきこもりの支援者の中には、ひきこもりの克服に旅行療法を活用している人もいます。人は弱い生き物です。壁をつくり自分の考えに固執することは、他人を否定・排除して関係を悪化させることがあります。また自分には到底無理だと思い込めば、やる前から可能性を潰していることになります。知らないことに出会うのは、決して恥ずかしいことでも劣等感をもつことでもありません。自分を成長させる機会なのです。また、歩む道は決して一本だけではありません。旅の経験は、世界には多様な価値観や選択肢があることを知り、固定観念に囚われず、広い視野で自由に生きる勇気を与えてくれる。不安よりも少しだけ勇気があれば誰でも旅はできる。


天動説と地動説

 ラグビーワールドカップでは、日本に敗戦したアイルランドチームが、試合終了後にスタジアムに向かってお辞儀をしていました。大会終盤では、すべてのチームが試合終了後にスタジアムに向かってお辞儀をするという儀式が行われるようになったのですが、そもそもお辞儀をする行為は、欧米人の日常生活は行われるものではありません。日本人独特のコミュニケーションだと思います。これはまさにツーリズムによる交流による文化の創造だと思うのです。


 どころで、なぜ日本人は人と出会ったときにお辞儀をするのでしょう。それに知っていて普段からお辞儀をする人はどれだけいるでしょうか。自国の文化に対する理解とは、その程度のものです。当たり前、常識には盲目性が潜んでいます


 皆さんは、海外に行ったときに、初めて気づくわけです。さまざまな文化の違いから、あいさつの仕方が全く違うということに。日本人自体が日本のことを実は全く知らずに生きていることが、今日の皆さんに対する投げかけですが、日常の中で常識を疑うことはほとんどありませんので、わざわざなぜそのような行為をするのかを問う必要がありません。ところが、自分が海外に行くと、異なる文化に触れて、日本の常識が世界の常識でないことを知ります。同じようなことに旅先では毎日直面します。


 物事の見方を考えるときに、皆さんに紹介したいのが天動説と地動説の考え方です。理科と世界史を学んだ人は分かると思うのですが、天動説は地球が宇宙の中心であるという考え、ものの見方です。一方で地動説は、地球は宇宙の一部であるという考え方です。コペルニクスという人が地動説を唱えたわけですが、それまでは天動説が信じられていたわけです。誰も信じて疑わなかった。天動説が常識である時代も長くあったのです。それはなぜかというと、見えているものがそうだからです。朝、東から太陽が昇り、夕方、西に沈んでいくという現象を見て、それで十分説明がつくわけです。ところが、コペルニクスはそれを疑い、研究を重ね、そうではないと結論づけたのです。しかし、それでも世の中が、天動説から地動説を支持するようになるまでには実はコペルニクスが地動説を主張してから何百年という歳月がかかりました。それくらい人間の思い込みや固定観念とは、変えにくいものなのです。ところが、今はほとんどの人びとが地動説を信じています。


これと同じように、地球を「自分」に置き換えて考えてみましょう。「自分」が中心にある世界と、世界の中に「自分」がその一部として存在しているという考え方です。この2つは全く違うものの見方です。目に見える範囲だけでだけで判断するのではなく、自分の見えている範囲を超えて、世界から自分を見てみると、全く違いものが見えてきます。


私は物事の本質を見極める方法として「川を上れ、海を越えよ」と学生に伝えています。「川を上れ」とは歴史をさかのぼって長い時間軸で考えること、「海を越える」とは世界との比較など広い空間軸で学ぶこと。特に物事は地球のように「球体」としてとらえることは重要だと思っています。


 世界を知るのに、見えているものだけでは、真実にたどり着くことはないと思います。ときには常識を疑って、歴史をさかのぼって長い時間軸で眺めてみたり、時には世界と比較をしながら自分を客観視・相対化して広い空間軸で見直してみる。そういうことで新たに見えてくることもあると思います。旅は身体を意図的に移動させて置かれた環境を変えて、地動説的な考え方、ものの見方を身につける一つの方法だと私は思います。


世界最強のパスポートと低い出国率

 次はこの数字です。190/199。これは何でしょうか。世界に199の国や地域があるそうですが、日本国籍のパスポートでビザがなくて行ける国が190カ国です(2019年10月現在)。これは世界一です。日本人のパスポートは世界の人びとがうらやましいと思う最強のパスポートです。皆さん、ぜひ旅に出てほしいと思います。


旅の可能性

 一方で、海外に行くのはとても不安が付きまといます。言葉ができないとか、食べ物が合うか、衛生環境は良いかなど心配もあると思いますが、実際には行ってみることで不安を超える充実感を味わえると思います。


 私が旅をやめられないのは「わくわく」と「どきどき」があるからです。「わくわく」というのは、未知なるものに対する期待です。「どきどき」というのは未知への不安です。旅とは、この二つが常に混在している心理状態です。旅をするというのは、少しだけ「わくわく」が「どきどき」を勝っている状態です。「どきどき」を完全にゼロにするはできません。誰でも少しの勇気があればできるのが、旅です。


 でも、旅をすることで得られるものは実はたくさんあり、’Well-being’、つまり自己幸福感が、旅の最中は高まるという研究もされていますし、旅行をすればするほどコミュニケーションスキルが高まるという研究もなされています。


 ただ楽しむだけではなく、自分の自己成長のために旅を使うことを皆さんには勧めたいと思います。ぜひ時間のある学生時代に、少しばかりの勇気をもって世界に旅をしてほしいと思います。

鮫島卓研究室 SAMETAKU-LAB

鮫島卓研究室の研究・大学教育・ゼミ活動・社会貢献などの活動をお知らせするサイトです。

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