観光開発は魅力づくりから ~7つの観光資源の捉え方~

交通が不便で高い、WiFiが使えないのは観光振興の優先的課題ではない

ある地域から観光振興の相談を受けた時に、「観光振興における課題は何ですか」と、その当事者にまず訊きます。そうすると、交通手段がなくて不便、航空運賃が高い、魅力的な宿泊施設や飲食施設がない、WiFiも使えない、観光客用の駐車場がないなどインフラに関する課題をあげる人が多いように思います。しかし、それが解決すれば観光客は増えるでしょうか。

答えはNOです。それらは観光資源を支える付加的な要素(サポーティング・インフラ)であって、旅行者が「それがあるから旅行に行く」旅行動機になる中核的魅力となる観光資源(コア・アトラクション)ではありません。地域に観光客を引き寄せる魅力があれば、おのずと観光需要は生まれ、需要が供給を牽引して、観光産業が成立していきます。魅力とインフラを混同し、開発の順序を誤って考える人があまりに多いと思います。


例えば、鏡張りの絶景で有名な南米ボリビアのウユニ塩湖、世界の7不思議のひとつペルーのマチュピチュ遺跡、ヨルダンが誇るペトラ遺跡などは、アクセスは不便であるにも関わらず、世界中から観光客がやってくる大観光地です。世界一外国人観光客を受け入れる観光大国のフランスは、英語の案内は少なく、英語を話せる人も決して多くはなく、WiFi環境も決してよくありません。鉄道やバスなど交通機関はしばしばストライキで運休もあります。しかし、それだけ魅力があるからこそ、インフラに不備があっても旅行者は世界中からやってきます。交通手段、宿泊施設、Wifiなどはあくまでサポーティング・インフラです。旅行者の不満を解消する衛生要因と言ってよいでしょう。もちろん、そこに快適さが伴えば、旅行者の満足度を上げ、カネを落とす観光消費促進効果をもたらします。従って、インフラは観光開発にとって必要条件ではあるけれども、十分条件ではありません。地域が観光地であるために不可欠なのは、旅行者が行きたいと思う魅力があることです。その魅力のことを観光資源と言います。ですから、観光振興でまず行うべきは何より魅力づくりです。

7つの観光資源となる中核的魅力(コア・アトラクション

観光資源とは何かについて、アメリカの観光プロデューサーのアラン・フォーバスは6つの魅力ということを説明しています。

① ヒストリー(歴史上の有名事件の現場、歴史的建造物・文化財)

➁ サイトシーイング(風光明媚な奇勝絶景・美景)

③ フィクション(映画、小説、アニメ、演劇、歌で有名になった名所や舞台)

④ リズム&テイスト(音楽、名物料理・銘酒)

⑤ ショッピング(名産品と賑わい)

⑥ ナイトライフ&ギャンブル(夜遊び、ギャンブル)

私はこれに7つ目の「⑦フェス&イベント(祭、スポーツ、MICE)」を含めて中核的観光資源となる「7つのコア・アトラクション」と呼んでいます。これらに共通する要件は、世界に類まれなものであることが望ましく、旅行者にとって非日常的でなければなりません。コア・アトアクションを特定できないなら、無理に観光振興をするべきではありません。中核的魅力になり得ないものを組み合わせたり、抱き合わせても意味がありません。


また、上記の7つの要素のうち3つを選び、重点的に開発していくのが望ましいと思います。7つとも揃うと、逆に焦点がぼやけてしまい、特徴を出して差別化することが難しくなるからです。中核的な魅力は、そのままでは観光対象として経済効果を生みません。より美しく見るためや再現するための仕掛け、ガイディング、体験など付加要素を盛り込んで商品化していきます。例えば、2.3月に流氷が接岸するオホーツク海沿岸地域では、流氷を見るだけではなにも経済効果を生みませんが、遊覧船に乗せる「流氷クルーズ」や、流氷を歩いて楽しむ「流氷ウォーク」というガイドツアーとして商品化され、経済効果を生んでいます。


また、①ヒストリー(歴史的な出来事や建造物)、②サイトシーイング(奇勝絶景・美景)は、天賦的な観光資源ですが、③フィクション、④リズム&テイスト、⑤ショッピング、⑥ナイトライフ&ギャンブル、⑦フェス&イベントは、知恵によって人為的に創造できるものです。従って、天賦性のある歴史的な文化資源や奇勝絶景・美景などの自然資源がない地域でも、③④⑤⑥⑦を中核的な魅力(コア・アトラクション)として新たに開発することで、観光地化や旅行商品化することが可能なのです。

観光資源となる魅力のつくり方〜観光の本物とは

例えば、ムームーを着てウクレレの音楽と共に踊るフラダンスは、ハワイの中核的な魅力(コア・アトラクション)のひとつと言ってよいでしょう。しかし、ハワイの先住民の伝統的なフラは、「フラ・カヒコ」と呼ばれるパフやイプという打楽器を使ったもので、現在私たちが知っているものとは全く異なるものです。現在のフラは、1920年以降ハワイの観光地化の過程で、アメリカ映画による「楽園」のイメージ形成とともに外来楽器や西洋音楽と融合して、新たなハワイアンミュージック&ダンスとして創造され、普及していったものです。

また、ハワイのアイコンにもなっているダイヤモンドヘッドは、ダイヤモンドが産出するわけでもないし、光り輝いているわけではありません。元来、先住民はマグロの額を意味する「レアヒ」と呼んでいました。

さらにハワイを代表するワイキキ・ビーチは、もともと先住民の主食であるタロイモを栽培する湿地帯でしたが、20世紀以降、米国本土の資本によって埋め立てが進められ、ビーチとして開発されたものです。ワイキキは、旅行者の事前期待に合うようにつくられた疑似空間です。旅行者は、事前に得た情報から得たイメージを再現するために観光をするものだとする考え方です。これは観光学では「疑似イベント性」と呼びます。


ここからわかることは、旅行者が行きたいと思う旅行動機となる観光資源に求められるのは、計測や実証ではなく、情緒や心理だということです。本物か偽物か、オリジナルかコピーかが重要なのではありません。文化は絶えず変化し、創造され続けるものです。例え、客観的な真正性がなくても、旅行者が鮮明なイメージを持って訪れて充実した経験になれば、それは「実存的真正性」のある本物の経験になります。ハワイの事例はそれを証明しています。ディズニーリゾートも同様に、これは本物ではないといって怒る人は誰もいません。むしろ、徹底したファンタジー、過去の世界、未来の世界などの非日常性こそをゲストは求めています。このように中核的魅力(コア・アトラクション)は、既にある地域資源に新たな意味や文脈を付けて再編集して、知恵によって非日常性を創造するものであると言えるでしょう。


また、中核的魅力(コア・アトラクション)となる観光資源は、旅行者にとって非日常的なものでなくてはなりませんが、ターゲットを絞ることで日常性が非日常性へと変化する場合があります。例えば北国の住民にとって雪や流氷は、日常性のある不愉快な存在ですが、南国の人にとっては非日常的な魅力になります。稲作が盛んなアジアの人にとって田んぼは当たり前の風景ですが、欧米人やシンガポール人には非日常性のある貴重な魅力となります。それを証明している事例が、岐阜県飛騨古川市で欧米人を中心とした旅行者に「SATOYAMA EXPERIENCE」というサイクリングツアーを企画実施している美ら地球です。年間5000人近くやってくる外国人にとっての魅力とは何か聞くと「田んぼの風景、アマガエル、農作業するおばあちゃん、通学中の小学生」だと言います。世界中を旅したハイレベルの旅人には、当たり前の日常こそが、非日常の価値あるものになるのです。観光商品の取引とは、希少価値をもつ人々と余剰資源のある人々との人流を伴う交易なのです。

観光地の魅力とメディア

愛媛県JR四国の予讃線の下灘駅は、何の変哲もない無人駅にもかかわらず、多い時は1日1000人の旅行者がやってくる観光地となっています。私が調査に訪れた時は、香港、台湾の外国人旅行者もいました。観察すると、9割は車でやってくる旅行者で、私のような鉄道利用者は1割。旅行者は、代わる代わる駅でポーズをとりながら想い想いに写真を撮ってました。私にとっては、JRのポスターによく取り上げられる鉄道ファンとしての聖地ですが、車で来る多くの若者にとってはジブリ映画「千と千尋の神隠し」を再現できる場所だということがわかりました。しかし、それを知らない地域住民にとっては「ただの無人駅」です。つまり、観光資源とは、人によって、違う文脈で見られていることになります。さらに「鉄道ファンの聖地」と「ジブリファンの聖地」は、観光資源化のプロセスに違いがあります。前者はJRや地元の観光事業者が主体となって情報発信を行っているのに対して、後者は旅行者自らがSNSを使って情報発信をしています。インスタグラマーやユーチューバーのように個人がメディアの主体となる時代が到来しました。この変化は、インターネットの出現による情報社会の特徴とも言える現象です。つまり、従来の観光開発の主体は、地域の観光事業者でしたが、情報社会では旅行者も観光開発の一旦を担っていると考えるべきでしょう。その意味では、自ら発信する創造的な旅行者を商品開発のパートナーとして活用することは自然な流れと言えます。

人は、イメージが無い場所へ旅をすることはありません。旅行は、旅行者が旅行前に入手した情報によって目的地の何らかのイメージを形成し、それが旅行先の選択となる観光行動の手順を踏むものです。
ディーン・マキァーネルによれば、ある場所(サイト)が、観光地(アトラクション)となるのは、その場所が「素晴らしい見どころ」がたくさんあるのだと観光客に認知させ、視線を惹きつけてやまない情報(マーカー)が必要であると言います。すなわち、次の公式が成り立つと言えるでしょう。

「アトラクション」=「サイト」×「マーカー」 

従って、観光地の魅力づくりとは、場所の特定と磨き上げだけでなく、同時にメディアの力でプロモーションをして、観光客を惹きつけてイメージ形成を促す必要があります。素晴らしい魅力があっても、伝わらなければ存在しないのと同じです。その意味では、魅力(アトラクション)づくりとは、魅力の開発と同時にプロモーションも必要になることになります。
また、何の変哲も無いような場所でも、そこがメディアによって創造された場所になれば観光地になります。映画、ドラマ、アニメの舞台やロケ地がファンにとってのリアルに再現できるサイトとなり、聖地巡礼として観光行動が起こるのは、メディアによって観光地が創造されている証とも言えるでしょう。

オーバーツーリズムから考える観光振興のKPI

観光産業とは、自らが中核的魅力となる「観光資源」ではなく、あくまで支援的なインフラであるという認識を持つことは大切です。なぜなら、近年よく耳にするオーバーツーリズム(過剰観光)に直面した時、課題認識を誤ることになるからです。オーバーツーリズム問題とは、たくさん旅行者が来すぎることによる観光資源となる中核的魅力の破壊です。自然環境、有形・無形文化材、街並みや景観など多くの観光資源は、地域住民にとっても誇りとなっている場合が多く、共有性(コモンズ)があります。決して観光産業や旅行者のためだけのものではありません。共有財は利用者の負担が少ないため、利用が過大となる「ただ乗り(Free Rider)」の問題を生じやすいものです。これは「コモンズの悲劇」と呼ばれ、誰もが自由に使えるため人々が維持管理費を気にせずに過大に利用する現象のことです。オーバーツーリズムとは、まさに観光における「コモンズの悲劇」と言えます。

観光産業が潤っても、地域の魅力である観光資源が破壊されれば、旅行者を失うことになるでしょう。適度なバランスが取れた観光であれば、外来者も認める魅力として地域住民にとってもアイデンティティ形成やシビックプライドにつながる「住んでよし、訪れてよし」の観光になるでしょう。しかし、地域の魅力が破壊されるのであれば、地域住民にとっては観光公害でしかありません。その意味では、観光振興の最上位のKPI(重要業績評価指標)は、観光客数・観光消費額・観光客満足度よりも「住民の観光に対する評価」であるべきです。


観光は、地方創生の切り札として様々な活用がなされていますが、最も基本的な観光資源の捉え方を理解しないまま、開発が進められると思わぬ罠にはまってしまうことになります。観光は万能薬ではありません。向き不向きがあるのです。


(鮫島卓『観光ビジネスワークブック』駒沢女子大学教科書シリーズより抜粋)

鮫島卓研究室 SAMETAKU-LAB

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