【事後レポート】さめたく塾⑨「オーバーツーリズムと観光のSDGs」

今回は、ゲストにJTB総研の熊田順一さんをお迎えして、旅の力、観光のSDGs、オーバーツーリズムについて語り合いました。熊田さんは、日本人として初のUNWTOに勤務経験のある方なので、UNWTOが考える観光、世界から見た日本の観光について議論したいと思い、お招きしました。
熊田さん自身は、学生時代にヨーロッパからユーラシア大陸横断の旅をした方で、旅好きというのも共通点。この会にはアウェイが好きな旅人が集まるので、旅の話でいつも盛り上がります。自分自身が最も楽しんでいるかもしれません!

G20と観光のSDGs

日本で初開催されたG20で、初めての観光大臣会合が開かれることになりました。世界のGDPの8割を占めるG20で、観光が取り上げられることの重要性、観光がSDGsに果たす役割についてわかりやすく解説して頂きました。

誰一人として取り残さない

SDGsの目標に、観光がいかに貢献できるかという視点は、観光が与える経済的インパクトと同様に重要な視点です。というのも2030年には世界人口の5人に1人の約18億人が国境を超えて移動する時代を迎えます。国際観光は年率6%の伸びが続くとい前提で観光分野への投資が活発化し、人類が過去経験していないレベルで人々が大移動する。当然、地球環境にも負荷を与え、様々な歪みをもたらします。持続可能な観光、責任ある観光は、ツーリズム関連産業だけでなく、消費者である旅行者も担っていると考えるべきでしょう。
 

環境問題は他人事ではない

例えばCO2排出、プラスチックゴミ、フードロスなどの地球課題に対して、ツーリズム産業はどんな取り組みを行っているのか。熊田さんから世界のツーリズム産業の取組みを紹介して頂きました。

残念ながら地球温暖化や気候変動に対して、日本のツーリズム産業は危機感の無さなのか、世界に比べ後進であると言わざるを得ません。本当にそれでいいのでしょうか?
私は大切なことを見落としているように思います。それは、異常気象と自然災害です。毎年起こる台風、洪水、竜巻など気候は、温暖化による気候変動が原因であるとする科学者は多いのです。その被害を「機会費用」の観点から損失として計算したら、どうなるでしょうか?人口減社会の上に、さらに自然災害により交通機関が麻痺し旅行の機会が奪われるだけでなく、人々の生活が脅かされれば旅行どころではなく、市場自体をシュリンクさせることになるでしょう。その意味では、温暖化や気候変動問題は島嶼部の海面上昇に留まらす、日本でも自分事として考えるべきです。

また、環境配慮のサービスをやっても売れないからやらないというオールorナッシングではなく、少なくとも消費者に選択肢を与えることは大切です。これは世界の取組みから学ぶべきでしょう。欧州最大の旅行会社TUIのカーボンオフセットのオプション販売、メタサーチのスカイスキャナーのCO2排出量の少ない商材の表示化は、消費者に選択の余地を与えている良い例です。私自身が旅行会社時代に始めたカーボンオフセットのオプションを利用する消費者は今では全体の10%まで広がりつつあります。

いずれにせよ温暖化問題は、若い世代への責任として考えるべきであることは間違いありません。


オーバーツーリズムの本質

近年言われているオーバーツーリズムの問題点とその背景を整理するといくつかに分類できます。


①供給量を遥かに超える過剰利用
これはいわゆる「観光の質」に関わる問題です。例えば富士山登山、屋久島の縄文杉などの観光客による混雑などが例として挙げられます。一般的に、自然環境や文化財など観光資源は、公共性を伴ったものです。この過剰利用は、経済学でいう無料の公共財にタダ乗りが起こる「コモンズの悲劇」であり「市場の失敗」が起こす外部不経済といえる現象です。従って、オーバーツーリズム対策は、観光分野におけるマクロ経済政策として捉えるべきというのが私見です。その文脈で考えると、日本の入域料や入園料は国際的に見ても安すぎます。


日本の国立公園の入園料はほとんど無料ですが、海外のそれは有料です。例えば、アメリカのグランドキャニオン国立公園は、車で$35、バイク$30、徒歩$20の入園料を徴収しており、国立公園の保全に活用されています。文化財の例として、世界遺産アンコールワット遺跡は入園に際して1日券$37、3日券$62、7日券$72として、保全や修復に活用されています。観光資源は公共材であるという認識に立って、受益者負担の原則に基づいて、観光税・入域料を広く徴収し、プロモーションだけでなく資源管理にも活用する方法を導入してもよいでしょう。


②受益より負担が大きい、受益者が少ない

近年、大型クルーズの寄港地では受け入れに消極的な人々も増えています。クルーズ客の大部分の消費行動は船内で行われるため、寄港地ではほとんど経済効果がないとする立場の人もいます。旅行者がたくさん押し寄せてきて、カネではなく、ゴミとし尿だけを落として去っていくということでは、受益より負担が大きいと言えるでしょう。例えば、観光客向けの飲食店やお土産店が一軒もない島に大型クルーズ船が寄港する場合に、港湾整備・トイレ設備などに設備投資の負担よりも観光消費額が見込まれなければ、経済効果はないと言えるでしょう。クルーズを受け入れるなら、観光資源だけではなくお金が落ちる仕組みや観光商品を提供できる体制が整うことを前提に受け入れるべきでしょうし、受益と負担の厳しい見極めをすべきです。


また、観光客と接する一部の観光事業者だけが潤うというのも問題です。例えば、地域の飲食店を使ったガイドツアー、地域の食材を使った郷土料理を提供するなど、外部への資金漏出を可能な限り防いで地域内で資金循環するサプライチェーンを構築するマーケティングも経済効果を最大化させるには必要です。欧州の地方における地域産品の輸出とツーリズム(サービスの輸出)の連携による地域ブランド化は、日本の地方も学ぶべき施策だと思われます。「物流」と「人流」を代替関係ではなく、補完関係にするような施策は重要です。


③住民との利害対立

京都や鎌倉などでは、住宅地でのホテル開発や民泊、公共交通の混雑などによって、観光と地域住民との対立が顕在化している地域もあります。これに対しては、観光と生活を棲み分けるゾーニングが有効です。ハワイのように観光客のための楽園のワイキキと地域住民の生活の場であるダウンタウンを明確にゾーニングしておくことで互いの衝突を回避する施策も例として挙げられます。また、そうした問題を未然に防ぐために、地域住民の観光に対する評価を最上位のKPI(重要業績指標)にするべきです。


いずれにせよ、オーバーツーリズムは、大移動・大交流時代ならではの負の側面です。観光は、様々なプラスの可能性を持っていますが、一方でその見極めも求められている時代になったのは間違いないと思います。

(グランドキャニオンの入園ゲート)

鮫島卓研究室 SAMETAKU-LAB

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